記憶について

人の記憶って、不思議。

人生って記憶の連続で構成されているものだと思うのだけど、記憶は、滝の水しぶきとか、泡とか、そんなもののようなもので確実なのは一瞬で、次の瞬間にはもう不確実の彼方へ葬られてしまう。

いつどこで、自分が誰と何をして何を感じたか。

そんなことは、自ら記録しておかない限り全く確実性を持たない。むしろ、自ら記録しておいたって、すぐあやふやなものに変わってしまう。記録しておいたものを読み返しても、その瞬間が帰ってくるわけではない。むしろ、記憶が上書きされていくだけだ。

その記憶に支配されるしかない私たちの人生の意味は何なのだろう。

例えばわたしが死んだ後、わたしの記憶を持ってくれている人がいるうちであれば、わたしはその人の記憶の中に生きることができる。

けれど、いつかわたしを知る人が地球上に1人もいなくなった時。

そうなった時、わたしが存在した意味は果たしてあるのだろうか。

わたしは、地球上にある一定の期間存在して、そして消えていった生き物に過ぎない。(そもそも命ってそういうものなのかもしれない。)

そんな、いつかいたかいなかったかわからなくなってしまうほどの存在なのに、わたしも含め人々は、毎日を懸命に生きる。

笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり、時に間違えたり、投げやりになってしまったり。

 

思うのは、せっかく生きているのだから、大切な友人や、周りの人たちに、なんというか、良い影響を与えたい。その人の人生の中の幸せに向かう分岐にわたしが少しでも存在していたら嬉しい。

わたしがいた世界と、いなかった世界では少しだけだけれど違う世界になっていたと思えるから。