分かり合えるという奇跡は起こり得るのか 3

明日ちょっとした試験がありますが、懲りずに少し更新です。

とりあえず自分が納得するまで同じことについて書く予定です 笑

前回は、分かり合うとは、

ある問題に対して様々な答えがあるが、その中の、ある答えに対して自分なりに明確な理由付けをすることができ、その理由付けがその場にいる2人以上で完全に一致していること。

と定義して終わりました。そんなことあり得ないんじゃない??と個人的に思って終わりました。

一晩寝たら、もう一つ定義できるような気がしています。

前回は、分かる、を、理解する、と置き換えて考えましたが、わたしたちは、知っていること、気づいたことも分かる、とよく言うのではないでしょうか。

例えば、暗記問題について、その答え分かる!とか。お腹すいたなあ。と思っていたら、機嫌の悪さが顔に出ていたのか、お腹すいたんでしょ。と言われ、えーなんでわかったの??とか。

厳密にいえば、それは分かるとは少し違う気もしていますが、今回の人と人とが分かり合うことに関して言えば、そのような面も大きいのではないでしょうか。なので、二つ目の分かり合うの定義として、

ある2人の関係の中で、表情や癖、仕草を見て、相手の今考えていることを推測でき、それが現実として当たっていること、それを双方がそれぞれに対してできるという状態。

とします。

他にあるかな、(人と人とが)分かり合う、定義。

分かり合う、てよく聞く言葉だけれど、こう考えるとどこまでも広義であいまいだななんて思います。